しごの世界
バイト先のコンビニで給料を受け取ってから、大学の丹波研まで小走りで急いでいた。全国でも珍しい心霊学科の大御所、丹波教授は脳神経科学の世界的権威でもある。その教授に呼ばれたら、一番弟子の僕としては何を差し置いても駆けつけなくてはならなかった。まあ、二番弟子以降はいないんだけどね。早く教授の用事をすませて、夜の合コンに備えたかった。シャワーを浴びて少し小ぎれいな服を着て、胃薬を飲んで体調万全で合コンに臨みたい。合コンでは心霊学科だと言うと食付きが良いのだ。そりゃもう入れ食い状態だ。ただし話だけだけどね。一歩店の外に出ると、そばに寄らないでとばかりに僕の周り半径3mくらいには人がいなくなってしまう。
研究室のドアの前で呼吸を整えて、失礼しますの声とともに入室した僕を待っていたのは、教授の野太い声だった。
「おお、待ちかねたぞ」
この様に教授は少し言葉が時代がかることがある。なんでも色々な時代の霊たちと交信をするから言葉遣いが移ってしまうと言っていたけど、本当かな?
「今日は君に死後の世界を見せてあげようと思ってな。このソファに腰掛けてリラックスしてくれ」
「死後の世界ですか? 別に見たくないんですが……」
「何を言ってるんだね君は? そういう好奇心や向上心がなくなったらこの研究は……」
「先生、それとこれとは……」
「それとこれとか、それとあれとか、は一切関係ない! ワシの君を思う親心というものが、わからんのか?」
こうなると黙って従うしかない。以前も教授の著作を購入することを断ったら、僕の行く先々で「こいつには悪霊が憑いている」と、魔除けの御札を僕の周りにペタペタと貼るというバブル時代の地上げ屋にも似た嫌がらせをされて閉口した。結局、同じ本を三冊も買わされてしまって、次の給料日まで苦労した覚えがある。
「わかりました、先生、是非死後の世界を見せて下さい」
「そこまで頼まれると、断れないな。よろしい、見せてあげよう。ただし他言は無用だぞ」
言うわけがない。いや、「大学の研究で死後の世界を見た」などと他人に言えるわけがない。ますます友人が少なくなってしまう。
研究室のソファでリラックスした僕はすぐに教授によって催眠状態に入らされた。
「これから死者が天国と地獄に振り分けられる面談を見てみよう。なに心配はいらない。私が有能なガイドとしてレクチャーしてあげよう」
声はすれども姿は見えず、ほんにあなたは屁のような。教授の声だけが僕の頭の中に響いている。
「色々教えていただけるのですね。感激です!」
このひと言がないと教授は不機嫌になる。これも経験則だ。
目の前に立派な建物が見える。金に絲目を付けずに建てたものだろう。どこかの市役所みたいだ。
「この中の窓口で死者と地獄の面接官との面談が行なわれているのだ」
「死者の面談って? 閻魔様ではないんですか?」
「以前は閻魔が【閻魔帳】を手に一人一人面談をしていたんだが、死者が増えすぎてしまってひとりでは滞ってしまうようになったんだよ。これを【墓行きが悪い】といってな……」
こんなレクチャーがこれからも続くかと思うと、早くも僕は心が折れそうだった。
「今君は心が折れそうだと思っていないか? 【心が折れる】の用法を間違えているぞ」
「今はそれより、死後の世界の解説をお願いします。これは一応短編なので、文字数に限りがあります。読者も先生の能書きは望んでいないと思いますよ」
読者に責任を押しつけて先を急ぐことにした。
「仕方ない、解説してやるか。天国と地獄があるのは知っているだろう? 天国と地獄といっても、邦画でもなければオペレッタでもない。今やその天国は人が余って困っているのだ。天国がこれまで蓄えたものを食い潰すだけで、なんら生産性のない者たちが増えたせいだ。日がな一日ゴロゴロしているだけだからな。どこかの難民みたいだろ? アハハハ」
「先生、その先は言ったら駄目です。その難民のお蔭で欧州はえらいことになっているのですから……」
そういえば今日コンビニの店長に、EU大丈夫ですかね、と訊いたら「俺はSoftBankだから心配ない」って言っていた。僕は店長のことが心配だった。
「それに引替え地獄の亡者は働き者だぞ~。目的は解らなくても河原で石を積んだり、針山の針をセッセセッセと研いだり、血の池をいつでも沸点に保つ努力を怠らないからな」
「先生、それがこの面談とどんな関係があるのですか?」
「解らんのか? 君もマダマダだなぁ」
何がマダマダか理解できないが、下手に出ることにした。
「これから勉強しますから教えて下さい」
「天国は人が余っている、そして、地獄は人がいくらいても足りない。そうなれば、結果は火を見るよりも明らかだろう。天国を狭き門にして、より多くの死者を地獄へと落とすことになる。そのための面談だよ。早速面談を見てみよう」
市役所? の中にはいると先が見通せないくらいに窓口が並んでいて、それぞれの窓口ではすでに面談が始まっていた。この光景を絵に描いたら、それを観た人は間違いなく役所だと思うはずだ。決して、地獄絵図だとは観てくれないだろう。端から順に見てみよう。
『ずいぶんと【バンカラ】な男だな』
窓口では、【バンカラ】と言葉を発した面接官の亡者を、その筋の人かと思われる男が睨んでいる。その【強持て】風な男が言い返す。
『大きなお世話だ!』
『そんな風にすぐ【トサカにくる】性格では、どうせろくな人生を歩まなかったのだろう。【ムズイ】ことや【めんどい】ことは全て人任せにしてきたな。だからそんな【ドツボ】な人生を送ることになったんだ!』
「解らない言葉があったら遠慮無く訊きなさい。有能なガイドとして教えてあげるよ」
教授はそのように言ってくれたが、これまでのところ何とか解る。
その隣の窓口では警察官が面談を受けていた。
『ほお、【ガチャガチャ】とは珍しいな』
「この【ガチャガチャ】は解るかね? カプセルに入ったオモチャではないぞ。新米警官のことだよ。サーベルをガチャガチャと鳴らして走り回っていたところからその様な呼び名がついたのだ」
これは聞かなければ意味が解らなかったところだ。面接官は更に言葉をぶつけていた。
『警察官でありながら、【パープリン】で【パッパラパー】なお前はまるで市民の役に立たず、まったく【いかれぽんち】を絵に描いたような男だな』
これもおぼろげながら理解できたが、教授は嬉しそうに補足してくれる。
「決して【いかれぽんち】を逆から読むなよ。アハハハ……」
余計なことを……。逆から読んでみた。
「でも教授、ずいぶん酷い面接ですね。罵倒していますよ」
「まだ解らんのかね? 君もマダマダだな。企業の圧迫面接だよ。基本は落とすための面接だ。なるべく多くの死者を地獄に落とさなくてはならないからな」
僕は来年に控えた就職活動に少し不安を覚えた。
隣は若い女性がその圧迫面接を受けていた。
『お嬢様と言われて育てられたのね。でもあなたはお友だちと遊んだ【あきすとぜねこ】でズルをしましたね。画数を1画誤魔化したでしょ? 【とんでもはっぷん】なことです』
「男の君には【あきすとぜねこ】は解らんだろう? 男子が【駆逐水雷】で遊んでいる時に女子は【あきすとぜねこ】で恋占いをしていたんだ。昭和の放課後風景だよ。ちなみに【あ】は愛してる、【き】は嫌い、【す】は好き……」
「解りました解りました。もういいです、先生! 次に進みましょう」
それからも僕は丹波教授の解説つきで地獄の面談を見て回った。
生活保護でパチンコばかりしていた人に浴びせられた【親指族】という言葉は、今のハンドル式しか知らない僕には新鮮だった。球を一発ずつ手で弾いていたなんて昔の人は我慢強かったんだろうな。
モダン・マダムを表わす【モマ】や【インド人もびっくり】などは、何となく解ったが、【兵隊勘定】や【小田急る】、それに【た行族】はお手上げだった。 割り勘の別名であるとか、小田急線に乗ることと教授は教えてくれたが、教授の発音は【オダキュール】とずいぶん【ハイカラ】だった。【た行族】は現代で言う高級官僚のことらしい。なんでも、車のナンバーを、た行にしていたからだとか……。また、【ハレンチ】を説明する教授はとても嬉しそうだった。
他にも窓口では、【カセットテープと鉛筆】を前にして、その使い方が解らない若者や、ジャンケンをして【グリコ】とか【チヨコレイト】と叫んでいる人もいた。
教授と僕は、目を皿のように、【耳をダンボ】のようにしていた。
意識が研究室に引き戻されると、目の前のテーブルには教授が入れてくれたコーヒーが置いてあった。
「飲んで落ち着き給え。どうだ、勉強になっただろう?」
「ええ、とても為になりました」
「そうだろう、そうだろう。ところで君に今日はいいものを紹介してあげよう」
凄く悪い予感がする。こんな時の教授は決まって……。僕は早く研究室から【ドロン】したかった。
案の定、教授は自分の机から二冊の本を取り出して僕の目の前に置いた。
「これからの君にとって、とても大切なことが書かれているんだ。今なら特別に 消費税は私が持ってあげよう。この二冊【死後辞典】と【死語事典】だ!」
二冊の本を手に研究室を出た僕は、「都合が悪くなって参加できません。ご免なさい」と合コンの幹事に【ドタキャン】メールを入れた。懐が【スカンピン】になってしまったからしかたがない。
本当に教授! 【冗談はよし子ちゃん】ですよ!
(了)

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