選択占い
「俺の名前を当ててみてくれ」
場末の盛り場によくいる酔漢だ。しかも二人連れと相場は決まっている。決して安くはない見料なのに名前を言い当てられたくらいで嬉しいのだろうか? 生憎と今日のあたしは機嫌が悪い。精々遊ばせてもらうとしよう。
「堀川」
「えっ?!」
男の顔からそれまでの嘲笑が消える。隣でヘラヘラ笑っていた男も固まっている。我に帰って慌てふためいて身の回りを確かめるふたり。案ずるな、どこにも名前を示すものなどはない。
「し、下の名前は?」
もう少しきちんとした言葉を使えないのか? 下の名前ときたもんだ。
「耕作」
男たちはやっと平静を取り戻したようだった。
「違うな」
そんなことは知っている。話はこれからだ。
「それが両親が付けたかったあなたの本当の名前。古臭いという理由で親戚から止められ、そして、賢二という平凡な名を付けられた」
顔色を無くす男。己が行いを悔いるが良い。
「賢二という名前のため常に兄に対するコンプレックスを胸に秘め生きていくことになったあなたは、優秀な兄と違い名前通りの平凡な人生に甘んじている。もし耕作という名であったならば、苦労しながらも兄とは違う成功を収め、人々の尊敬を集めていたでしょううに、残念なことでした」
男たちはモゴモゴと口の中に言葉を飲み込んで立ち去ってしまった。もっと言ってやろうかと考えていたのに、軟弱な人間だ。
しばらくして、あたしの前に座ったのは大人しそうな若い女。こんな女が占いに求めるものは決まっている。人生の重大な決断だろう。なぜ人間は、特に女は他人に決断を委ねるのだろう。思わしくない結果に対して、自分の責任ではないという保険をあらかじめ掛けておきたいのだろうか? まあいい、あたしは決して決断しない。女は静かにそして少し自慢げに話し始めた。
「実は先日お見合いをしたんですが、その男性から交際を求められています。受けるべきでしょうか?」
好きにすれば?! そんな言葉が出かかったがそれでは見料はもらえない。さっきの男どもをやり込めて少し気分が回復している。よろしい、あなたの人生を全て教えてあげよう。
「このお見合いを断ると、1年後にあなたに好意を抱く男性からプロポーズされます。その男性は出世には縁遠く生活は楽ではありませんが、愛に満ちた人生を送ることが出来るでしょう。子どもにも、そして孫にも恵まれ、多くのあなたを愛する人に看取られて生涯を閉じることが出来ます。逆にお見合いを受けると、一生涯お金には困らない贅沢な生活を送ることが出来ます。ただし、その男性は外に愛人を作り、子どもまで産ませてしまいます。自宅でひとり寂しく死ぬことになるでしょう。愛だけがない人生を選ぶか? 愛だけがある人生を選ぶか? あなたが決めることです」
女は頭の中が真っ白になったという顔で目をパチパチさせている。
「どちらが良いのでしょうか?」
ここまで教えてあげたのにまだ自分で決められない? とことん責任を転嫁するつもりなのか? 止めを刺してやろう。
「どちらを選んでもそれがあなたの人生です。ただし、二つの人生があることを知ってしまった今、どちらを選んでも必ず後悔することになるでしょう。どちらの後悔を取るのかはあなた次第よ」
取って置きの笑顔で言ってあげたのに、女は泣きそうな顔で背を向けた。
その次は若い男だった。季節の変わり目になると必ずこういう輩が現れる。あたしの噂を聞いてやって来たのだろう。
「現在進めている仕事は上手くいくでしょうか?」
眼鏡に仕込んだカメラと内ポケットには隠しマイク。どうせテレビの特番で使いたいのだろう。神を試そうとしているその不心得を存分に思い知らせてやろう。
「大成功を収めます。世間から注目され、社内でのあなたの地位も格段に上がることでしょう」
男の顔が輝く、しかしその目は小ずるくこちらの隙を窺うような弱小動物のそれだった。
「実は私は……」
その先は言わなくてもわかる。自己紹介をして放送の許可をあたしに求めようするのだろう。
「何も言わずともわかります。これを放送した番組の成功はあなたと会社を調子付かせます。そして、世間の反感を買うようになり、行き詰まった会社はなりふり構わぬ番組作りに手を染め、ついには政府から停波というペナルティを科せられます。後は坂道を転がり落ちるだけ、スポンサーは離れ、会社は解散、多くの社員が路頭に迷います。あなたは転職も出来ずにホームレスにまで身を落とすことになります」
「ま、まさかそんな……」
「それが人の身でありながら神を試そうとした者への罰なのです。一時の成功に酔いしれるか? 人として地道な仕事をして生き長らえるか? あなたが決めればよいことです」
さて、都会もいいかげん飽きてきた。どこか田舎の神社にでも住み着いてみるか。地元の年寄りからお狐様として祀られるのも悪くないだろう。それにも飽き たらまた戻ってくればいいだけだ。
あなたが見知らぬ土地でそこだけ空気が涼しい神社を見かけたら……。あたしがいるかもしれない。機嫌が良ければあなたの未来を見せてあげよう。
(了)
「俺の名前を当ててみてくれ」
場末の盛り場によくいる酔漢だ。しかも二人連れと相場は決まっている。決して安くはない見料なのに名前を言い当てられたくらいで嬉しいのだろうか? 生憎と今日のあたしは機嫌が悪い。精々遊ばせてもらうとしよう。
「堀川」
「えっ?!」
男の顔からそれまでの嘲笑が消える。隣でヘラヘラ笑っていた男も固まっている。我に帰って慌てふためいて身の回りを確かめるふたり。案ずるな、どこにも名前を示すものなどはない。
「し、下の名前は?」
もう少しきちんとした言葉を使えないのか? 下の名前ときたもんだ。
「耕作」
男たちはやっと平静を取り戻したようだった。
「違うな」
そんなことは知っている。話はこれからだ。
「それが両親が付けたかったあなたの本当の名前。古臭いという理由で親戚から止められ、そして、賢二という平凡な名を付けられた」
顔色を無くす男。己が行いを悔いるが良い。
「賢二という名前のため常に兄に対するコンプレックスを胸に秘め生きていくことになったあなたは、優秀な兄と違い名前通りの平凡な人生に甘んじている。もし耕作という名であったならば、苦労しながらも兄とは違う成功を収め、人々の尊敬を集めていたでしょううに、残念なことでした」
男たちはモゴモゴと口の中に言葉を飲み込んで立ち去ってしまった。もっと言ってやろうかと考えていたのに、軟弱な人間だ。
しばらくして、あたしの前に座ったのは大人しそうな若い女。こんな女が占いに求めるものは決まっている。人生の重大な決断だろう。なぜ人間は、特に女は他人に決断を委ねるのだろう。思わしくない結果に対して、自分の責任ではないという保険をあらかじめ掛けておきたいのだろうか? まあいい、あたしは決して決断しない。女は静かにそして少し自慢げに話し始めた。
「実は先日お見合いをしたんですが、その男性から交際を求められています。受けるべきでしょうか?」
好きにすれば?! そんな言葉が出かかったがそれでは見料はもらえない。さっきの男どもをやり込めて少し気分が回復している。よろしい、あなたの人生を全て教えてあげよう。
「このお見合いを断ると、1年後にあなたに好意を抱く男性からプロポーズされます。その男性は出世には縁遠く生活は楽ではありませんが、愛に満ちた人生を送ることが出来るでしょう。子どもにも、そして孫にも恵まれ、多くのあなたを愛する人に看取られて生涯を閉じることが出来ます。逆にお見合いを受けると、一生涯お金には困らない贅沢な生活を送ることが出来ます。ただし、その男性は外に愛人を作り、子どもまで産ませてしまいます。自宅でひとり寂しく死ぬことになるでしょう。愛だけがない人生を選ぶか? 愛だけがある人生を選ぶか? あなたが決めることです」
女は頭の中が真っ白になったという顔で目をパチパチさせている。
「どちらが良いのでしょうか?」
ここまで教えてあげたのにまだ自分で決められない? とことん責任を転嫁するつもりなのか? 止めを刺してやろう。
「どちらを選んでもそれがあなたの人生です。ただし、二つの人生があることを知ってしまった今、どちらを選んでも必ず後悔することになるでしょう。どちらの後悔を取るのかはあなた次第よ」
取って置きの笑顔で言ってあげたのに、女は泣きそうな顔で背を向けた。
その次は若い男だった。季節の変わり目になると必ずこういう輩が現れる。あたしの噂を聞いてやって来たのだろう。
「現在進めている仕事は上手くいくでしょうか?」
眼鏡に仕込んだカメラと内ポケットには隠しマイク。どうせテレビの特番で使いたいのだろう。神を試そうとしているその不心得を存分に思い知らせてやろう。
「大成功を収めます。世間から注目され、社内でのあなたの地位も格段に上がることでしょう」
男の顔が輝く、しかしその目は小ずるくこちらの隙を窺うような弱小動物のそれだった。
「実は私は……」
その先は言わなくてもわかる。自己紹介をして放送の許可をあたしに求めようするのだろう。
「何も言わずともわかります。これを放送した番組の成功はあなたと会社を調子付かせます。そして、世間の反感を買うようになり、行き詰まった会社はなりふり構わぬ番組作りに手を染め、ついには政府から停波というペナルティを科せられます。後は坂道を転がり落ちるだけ、スポンサーは離れ、会社は解散、多くの社員が路頭に迷います。あなたは転職も出来ずにホームレスにまで身を落とすことになります」
「ま、まさかそんな……」
「それが人の身でありながら神を試そうとした者への罰なのです。一時の成功に酔いしれるか? 人として地道な仕事をして生き長らえるか? あなたが決めればよいことです」
さて、都会もいいかげん飽きてきた。どこか田舎の神社にでも住み着いてみるか。地元の年寄りからお狐様として祀られるのも悪くないだろう。それにも飽き たらまた戻ってくればいいだけだ。
あなたが見知らぬ土地でそこだけ空気が涼しい神社を見かけたら……。あたしがいるかもしれない。機嫌が良ければあなたの未来を見せてあげよう。
(了)

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